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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)13313号 判決

原告 知行院

右代表者代表役員 坂本観雄

右訴訟代理人弁護士 八木良夫

同 桐月典子

被告 奥田耕天

右訴訟代理人弁護士 小林多助

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し別紙目録(一)記載の建物(以下、「本件建物」という。)を収去して別紙目録(二)記載の土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文一、二項同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は本件土地を所有し、これを昭和四五年六月一日被告に対し次の約定により賃貸し、被告は本件土地上に本件建物を所有している。

非堅固建物所有

存続期間二〇年

賃料月四万九九四一円(昭和五五年六月一日から)

2  前記の改訂前の地代は月額四万一一一二円で右土地の固定資産税及び都市計画税額の二倍という極少額であったところ、昭和五五年四月一日から右固定資産税が、負担調整措置により月額八六七〇円増徴されたので原告は同年五月中旬頃被告に対し、同年六月一日から月額賃料を四万九九四一円に値上げする旨通知した。

3  ところが、被告は、現実の提供も口頭の提供もなく突然同年六月分以降の賃料を改訂前の金額で供託した。そこで原告は地代不払を理由に無催告解除の特約に基づき同年一一月二四日到達の内容証明郵便をもって右賃貸借契約を解除した。

4  よって、原告は被告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1項のうち、昭和五五年六月一日以降の賃料額を争い、その余は認める。なお、賃貸借契約は昭和二九年四月二二日からである。

2  同2項のうち、本件土地の地代改訂前は月額四万一一二円であったこと及び昭和五五年五月中頃地代増額の通知があったことを認め、その余は不知。

3  同3項のうち、同年六月分以降の賃料を改訂前の金額で供託したことは認めるがその余の事実は否認する。

三  抗弁

被告が地代を供託するに至った事情は次のとおりである。

1  原告の今回の地代値上げ額月八八二九円がどんな根拠によったものか被告にとって不明であり、一二六坪を賃借している隣家の訴外小池の値上げ通知は約三五〇〇円と聞いているので、五月二八日原告方の副住職夫人が被告方に五月分の集金に来た折、その理由を尋ねたところ、二一四番―一の評価額が上ったから税金が高くなったと言うことであった。

そこで被告は都税事務所に赴き、調べたところ二一四番―一の評価額が約七〇〇万円上っていることが判った。しかし、その価格変更の理由が判らないので職員に尋ねたところ、「二一四番―一内には従来三戸在ったと認定したが今回二戸と判定したので、一戸当りの坪数七〇坪以上の部分が増したので評価額が上った」との説明であった。これに対しても以前から二一四番―一に被告家と隣家だけであったので地代の値上りの不均衡は被告によく判らないのである。

2  また、二一四番―一の登記簿上の面積(都税事務所の課税台帳上も同称)が八三四・二四m2となっているが、これを被告の借地部分一〇八坪、隣家小池の借地部分一二六坪に分け平方メートルに換算しても数字が一致せず、約六〇m2程度広いように思われる。

そこで、同年六月末原告副住職夫人が集金に来た折、被告は「二一四番―一の面積を実側訂正してもらいたい。これと評価が変った点の二点がはっきりすれば新地代を支払いますから従前どおりの地代を一応受取っていただけますか。」と問うたところ、同夫人は「すっかり判ってからでよい。」と言ったので、被告は「それでは供託しておきます。」と答えて、被告は同年七月二八日、六月分と七月分の地代を従前の金額で供託したものである。

3  以上のとおりで、被告のなした供託は有効である。

四  抗弁に対する答弁

原告副住職夫人が昭和五五年五月二八日及び同年六月末に被告方に地代の集金に行ったこと及び被告が地代を供託したことは認めるがその余は否認。

第三証拠《省略》

理由

一  原告は本件土地を所有し、被告は本件土地上に本件建物を所有していることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  原告は被告に対し昭和二九年六月頃本件土地を普通建物所有の目的で賃貸した。

2  昭和四五年五月三〇日右原被告間の賃貸借契約を昭和六五年五月末日迄更新し、本件賃貸土地の表示を一五二坪、但し、高圧線下は割引し換算一三一坪として契約書を作成した。

3  昭和五二年八月一七日原、被告は従来の高圧線下の賃借地二一四番―二から二一四番―三を分筆のうえ、この部分を非建物所有の目的とする賃貸借から非堅固建物所有を目的とする賃貸借に変更することとし、同日付で原告の代理人弁護士八木良夫と被告の間で土地賃貸借契約書を作成した。同契約では賃料は一か月二万九一三三円とされたが、右賃料額が公租公課の増徴、物価の昂騰、近隣の繁栄等の理由により不相応となったときは、原告は賃料の増額を請求することができること、被告が二か月分以上賃料の支払を怠ったときは、原告は通知、催告を要せず、賃貸借契約を解除することができること、原告は将来本件土地について実測を実施するが被告はその結果につき異議を述べないことなどが定められた。

4  昭和五四年五月に原告が賃料値上げを通知したところ、被告から東京地方裁判所に調停を申立て、同五五年二月一八日、同五四年六月分より賃料を一か月四万一一二円とする旨の調停が成立した。

二  原告が被告に対し、昭和五五年五月中頃本件土地の地代を同年六月分から一か月四万九九四一円に値上げする旨の通知をしたこと、被告が同年六月分から地代を供託したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は被告に対し地代不払を理由とし賃貸借契約を解除する意思表示をし、右は同年一一月二四日被告に到達したことが認められる。

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

1  原告が昭和五五年五月中頃になした地代の値上は、同年四月から本件土地に対する固定資産税、都市計画税が上ったため、同年六月分から右上昇税額の二倍分を地代の値上げとしたものである。

2  原告副住職夫人坂本淑子が昭和五五年六月二九日に被告に対し六月分を新地代で集金に赴いたところ、被告は、税金が高いので都税事務所に行って調べているが、まだ完全に調べていないので、もう少し調べてから払う、というのだけで、後で差額を払うから一応旧地代で受取ってほしい旨の申出もなされなかった。同年七月末に右坂本淑子が被告方に集金に赴いたところ、被告は既に同月二八日に六月分と七月分を供託した旨を告げられた。

3  被告は同年六月中に、都税事務所に赴き、固定資産税、都市計画税の上昇の理由を尋ねたが、従前は二一四番―一の地上に三戸の住宅があるとして課税してたが、二戸であることが判ったので評価が上ったという説明であったが、右説明でも被告は十分納得しかねた。

4  被告は同年七月二八日に同年六月分と七月分、同年九月二八日に同年八月分と九月分、同年一一月二六日に同年一〇月分と一一月分同五六年一月一六日に同五五年一二月分と同五六年一月分をそれぞれ旧地代額で供託した。

右認定に反する被告本人の供述は証人坂本淑子の証言に照し借信することができない。

そこで右事実及び一において認定した事実を総合すれば、原告は昭和五五年六月末の段階で値上げ後の地代額で請求をしているのであるが、このことから直ちに被告が従前の地代を提供したとした場合原告がこれを受領を拒絶するものともいえないのであるから、前記認定事実からは、未だ原告が地代の受領を予め拒絶していたとまでは認めることができない。また前記認定事実から被告が旧地代を口頭の提供をしたものとも認めることもできない。従って、被告のした供託は、供託原因を欠くのでその効力を認めることができないものと言わざるを得ない。

しかしながら、被告が前記地代を供託するに至ったのは、原告の地代値上げ額について、税金の値上げ分について疑問を持ち、都税事務所に赴いて調査してもなお十分納得しかねたというのであるから、ひとまず、旧地代額を供託した被告の態度は無理からぬことともいえ、原告の増額が正当な額であると判ったときは差額を支払う意思もあったことからすれば、増額請求と遅行遅滞による解除について、増額が正当であるとする裁判確定まで、「相当ト認ムル地代」を支払うをもって足りるとし賃貸借契約存続する方向で立法された借地法一二条二項の趣旨からいって、供託にいたる要件の欠缺をとらえ、地代二か月分不払の場合の無催告解除を認めるのはいささか、酷に過ぎ、一方、被告は昭和五四年六月分からの地代の値上げにも調停の申立をする等原告の地代値上げに容易に応じない態度がみうけられることを考え併せても、被告には前記地代債務の不履行につき賃貸借契約における当事者の信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるというべきであり、従って原告の前記契約解除の意思表示はその効力を生じないものといわなければならない。

三  よって、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井眞治)

〈以下省略〉

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